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本「THE LAST GIRL イスラム国に囚われ、戦い続ける女性の物語」

The Last Girl

2018年のノーベル平和賞は戦場や紛争地域において兵器として用いられる戦時性暴力を終結させるための努力に対して2名に送られました。

その一人がこの記事で紹介する本の著者ナディア・ムラド氏です。

彼女は2014年、イスラム国によって家族を殺害され、また彼女自身も性暴力を受けました。その実体験を綴った本「THE LAST GIRLーイスラム国に囚われ、戦い続ける女性の物語ー」が2018年11月に出版されたのです。

彼女はこの出来事を世界に向けて告白し、今だにISISに囚われているヤジティ教の女性たちの救出のため活動を続けています。

この記事では、「THE LAST GIRLーイスラム国に囚われ、戦い続ける女性の物語ー」を紹介します。

本「THE LAST GIRL イスラム国に囚われ、戦い続ける女性の物語」

本の概要

2018年11月30日に出版されたこの本は、イスラム国によって家族を殺害され、著者も囚われレイプされたナディア・ムラド(以下ナディア)さんの体験を綴ったものです。

2014年、ナディアの住んでいたヤジティ教徒が住むイラク北部の小さな村をイスラム過激派組織ISISが襲いました。

最愛の母親と兄たちが死に追いやられていくのを目の当たりにしながら彼女自身もISISによって人身売買され、レイプや暴行を受けたのです。

彼女はISISに連れ去られ人身売買されてから3ヶ月後に逃げ込んだスンニ派の優しい家族によってイスラム国からクルディスタンに逃げることができました。

しかし、彼女にかつてのような平穏な日々は戻ってきません。やっと再開できた兄の2人ははイスラム国からの集団殺害で負った傷によって苦しめられていました。それ以上に彼らを苦しめたのはトラウマや生存者が抱く罪悪感です。

クルディスタンに逃げた後、難民キャンプで生活をしますが、彼女自身もトラウマで悪夢を見続けます。そしてISISに囚われている家族を助け出すため彼女たちは休まることなく戦い続けます。

感想

昔の悲惨な出来事を読んでいるような気持ちになる非現実的な内容でしたが、これは5年以内におきたことで、世界のどこかで今尚被害者が生まれている事を思うとぞっとする現実でした。

ナディアが生まれ育ったコーチョという村に住んでいた80人の高齢女性たちは処刑され目印一つない墓穴に埋められ、村の数百人の男性たちは1日のうちに殺害されたのです。

もし、これが自分や家族の身に起きたとしたら?そう想像してしまったとき、恐怖で恐怖で考えることができませんでした。

また、この本でジェノサイド(大量虐殺)の話がでてくるとは思いませんでした。

ISISによって迫害を受け、人身売買されレイプされたという話だと思っていたのですが、多くの命が失われた実態が書かれています。これはジェノサイドでもあったのです。

監禁、レイプ、暴行、侮辱や酷い言葉を浴びせらても生きているのだから殺されることよりマシだ、とは言えないと思いました。死んだ方がましだと思うくらい、体も心も深く傷つきそれが何ヶ月も何年も続く生活は死の恐怖と同じだと思います。

そして、いろいろな形で死の恐怖を味わっている人が多いこと、そしてそれが最近の出来事であったことに無知であった私は傷つきました。

1994年のルワンダのジェノサイド多くの国際機関やNGOはもっと助ける術があったのに、それができなかった反省を踏まえて、こんな悲惨な出来事は起こさない、と誓ったのだと思っていたのです。なのに、また同じようなことが2014年、それ以降にも起こっていることがとても残念でした。

著者の紹介

ナディア・ムラド 

人権活動家。2018年ノーベル平和賞を受賞。

人身売買の被害者らの尊厳を訴える国連親善大使に就任し、彼女の体験を話す活動をしています。

また、ヤジティの権利擁護団体ヤズダとともに、イスラム国を大量虐殺と人道に反する罪で国際刑事裁判所の法廷に立たせるべく活動中です。

ジェナ・クラジェスキ

ジャーナリスト。ナディアとロンドンで出会い、弁護を引き受けた方です。

ナディアとともに、国連に行動を起こすように呼びかけを行なっています。

印象に残ったポイントを紹介

彼女が生まれ育ったコーチョという村は、ヤジティ教というイラク北部にあるクルド人の一部において信じられている少数派宗教を信仰する人々が生活する小さな村です。

ヤジティ教という少数派宗教はオスマン帝国時代から長い間迫害を受けてきました。

イラクのスンニ派アラブ人とスンニ派クルド人という大きな勢力の狭間で、アラブ人かクルド人かどちらか選ぶように求められたり、サダム・フセイン時代は村落破壊され強制移住を強いられました。

彼らはヤジティ教徒は悪魔を崇拝している、汚れていると貶し、何世代も前から、信仰を捨てるように要求してきたのです。

そして、ヤジティ教徒を殺そうとしたり、改宗させようとしたり、土地から追い出そうとしました。ヤジティ教徒たちは、そんな攻撃をくぐり抜けて現代まで生活をしてきました。

だからこそ、脅威が現れてもそれに順応することには長けていた、とナディアは言います。

いまにもばらばらになりそうな国で、普通に近い暮らしをしようと思うなら、そうある必要があるからだ。順応の度合いは様々だが、求められる調整の幅が比較的小さく、少し変えればすむこともある。たとえば、持っている夢の規模を小さくする、つまり学校をでるのをあきらめるとか、農場の仕事をあきらめて、もっと骨の折れる仕事に変えるとか、時間通りに始まる結婚式を諦めるとかだ。それに、そもそもそうした夢は私たちの手に届くものではなかったのだ、と自分に言い聞かせることは、難しくなかった。

涙が出ました。

人間としての基本的な尊厳を諦めなくてはならない人生、そして一番悲しいのが、諦めるということが当たり前になる人生がある、ということです。

少数派宗教だからというだけで、信仰を守るために自分の人生を諦めなくてはならないなんて当たり前にあって良いはずはありません。

これは、ヤジティ教だけでなく他の少数派宗教の人たちも同じ境遇にいるのです。

悲しい現実を知りました。

最後に

イラク国民を守るべき兵士たちも他宗教だからとヤジティ教徒の人々を村に置き去りにして助けませんでした。

イスラム国がしたことも、ヤディティ教徒を助けられるはずだった兵士がそうしなかったこともどちらも残酷です。

しかし、この出来事を知らずに遠くの地で平和に過ごしている他国の私たちは、何もしなかった(できなかった)という点では同じ加害者です。

だからこそ、もっと関心をもつ必要があると感じました。

そんなことを書いている私も、恥ずかしながら、イスラム国で何が起こっているのか知りませんでした。

でも知った今は、自分に何ができるのか、どういう情報収集をするべきなのか、考えるきっかけになりました。

正直に、淡々と伝える私の話は、テロリストに対して私が持っている最良の武器だ。

 

世界中にいる弱い立場の人々を守れるかどうかは、あなたがた次第なのだ

国連で、人身売買被害者の尊厳を訴える親善大使として、彼女の体験を話す活動をしていますが、体験を話すことはその出来事を追体験していることになるから何度話しても楽になることはない、と言います。それでも世界で性暴力を受け苦しむ女性を無くすために話し続ける彼女には勇敢だし、尊敬します。

他の何よりもこの世界でこのような体験をする女性は、私を最後にするために。

 

ABOUT ME
Chisato823
千里(Chisato) ルワンダ在住、助産師。 ビジネスで女性支援をするためAfricanDaisyを設立 元青年海外協力隊(27-3/ラオス) バツイチ再婚、遠距離恋愛も経験済み。 アフリカ旅情報やルワンダ女性のこと、書評や日常など書いています。