ルワンダ情報

本:ルワンダ 闇から光へー命を支える小さな働きーを紹介

この記事はで竹内緑氏の著書「ルワンダ 闇から光へー命を支える小さな働きー」を紹介します。

看護師としてアフリカの紛争地や難民キャンプで緊急支援を行なった体験談からルワンダで心の傷を負った女性とその家族を癒し自立支援の働きを行う現在までの彼女の人生を記した本。彼女の衝撃的な経験と葛藤を通じて、平和とは、人生とは何か考えさせられる一冊です。

概要

著者である竹内緑氏は看護師としてアフリカの紛争地や難民キャンプなど過酷な地で支援活動を行う中、1994年に起きたルワンダ大虐殺の悲惨な現場を目の当たりにして彼女はトラウマを追います。そんな彼女は2014年ルワンダに戻り、トラウマを負ったルワンダ人女性とその家族を支える働きを始めます。

この本は、彼女がキリスト教を信仰するようになったきっかけや、アフリカ派遣での経験談、そして、ルワンダで心の傷を負った人々を支える活動をする現在に至るまでの彼女の人生を記した一冊です。

著者:竹内緑氏の紹介

看護師として日本の病院で12年間勤務したのち、1992年から2010年までNGOの日本国際飢餓対策機構に属し、アフリカの緊急救援チームの一員として活動。2012年「竹内緑を支えるルワンダの会」を設立し、2014年よりルワンダで心に傷を負った人を支援する働きを始めます。

彼女の活動は下記サイトよりご覧いただけます。

ルワンダの人びとのかたわらで〜竹内緑を支えるルワンダの会〜

この記事で紹介している本「ルワンダ 闇から光へ」はは2016年1月に出版されました。

この本を手に取ったきっかけ

私がルワンダに移住したのは2017年11月。そのあとすぐに共通の知人の紹介で竹内緑さんにお会いしました。ラオスで青年海外協力隊(現:JICA海外協力隊)助産師隊員として活動した後で、ルワンダでも人々にために何かしたい、と考えていた時でした。

緑さんに初めてお会いし、彼女が発する言葉の一つ一つに凛とした強さと温かさを感じ、他の人とは違うオーラを感じました。

ルワンダの大虐殺だけでなく、貧困やDVによるトラウマを負った女性たちが多くいる現状、またその女性の子供達にもトラウマが影響を与えることを教えてくださり、私は衝撃を受けたと共に、彼女のように人々に真摯に寄り添いながら活動をする人になりたいと強く感じたのでした。

その後、彼女がこの本を出版していることを知り、手にとりました。

私が尊敬する方の一人で彼女の存在は私をいつも勇気付けてくれています。

この本をオススメする人

JICA海外協力隊として、また国際協力、平和について勉強しにルワンダに来られる方にオススメします。1994年前後のルワンダでどのようなことが起きていたのか、彼女はその場にいた貴重な日本人の一人です。

ルワンダに来て虐殺記念館の訪問や現地の人々との交流を通じて多くのことを感じると思います。言葉では語られない何かに疑問を感じるかもしれません。そういったときにこの本は、参考になると思います。この本の電子書籍はありません。JICA海外協力隊としてルワンダに派遣される方は、出国前に購入をオススメします。

印象に残った内容を紹介

神さまが望まれる平和のための仕事だから

アフリカ各国の厳しい現場の中、なぜ支援を続けてこれたのか?その問いに対して彼女はこう答えます。

神様が望まれる平和のための仕事だから

人間の力を超えた「絶対者」を信じる彼女。

無宗教であった私は信仰心に憧れを強くもちました。

ルワンダの大虐殺を体験した日本人

1994年4月にルワンダでは大虐殺が起こっていました。ルワンダ人の民族争いです。フツ系ルワンダ人がツチ系ルワンダ人と穏健派のフツ系ルワンダ人を大量殺害し、ツチ系難民で組織されたRPFがルワンダを制圧する7月まで続きました。この3ヶ月間で殺害された人は100万人とも言われています。

竹内緑さんは1994年7月にザイール(現:コンゴ民主共和国)にあるルワンダとの国境に接する街ゴマの難民キャンプにはいりました。当時、ツチ系のRPFがルワンダを制圧し、フツ系ルワンダ人への報復を恐れた人々が難民キャンプに逃れてきていました。

彼女が空港からゴマの難民キャンプに行く道中、多くの死体を目撃します。また難民キャンプでも毎日数100人もの人がコレラで亡くなり、死体の山ができていたそうです。

「数字は冷たい」

死者何人という数は客観的であるが、大切な人を失った悲嘆は表現されない、と彼女は嫌悪感を覚えたそうです。

1994年9月(1994年7月にRPFがルワンダを制圧してから2ヶ月後)ゴマからルワンダ首都キガリ に入った彼女はその道中で多くの白骨化しそのまま残されている多くの死体を目撃します。

彼女はルワンダでツチ系の人々の殺害された現場をみて、一つの疑問が起こります。

ゴマの難民キャンプで支援している人たちの中には、ルワンダで虐殺に加担した人々がいる。自分がやっている支援は道徳的・倫理的に妥当なのか?と。

彼女は神に尋ねます。

私の脳裏に去来したのは、クリミア戦争において傷病兵を敵味方の別なく看病したと伝えられているナイチンゲールの逸話と、裁くのは私の仕事ではなく神であること、全知全能の神の裁きに委ねることでした。

そして、彼女はそのまま難民キャンプで働きました。

彼女はその時は気づくことができませんでしたがこの悲惨な現場を経験してトラウマを追っていました。

彼女自身もトラウマを追いましたが、彼女はルワンダのトラウマを負った人々に心の傷を癒す働きをするため、2006年は再びルワンダに戻ります。そして、3ヶ月間、ルワンダの人々のトラウマの状況を調査しました。

彼女は看護師ではあり、カウンセラーでありません。そのため、心の傷を癒す働きを始められる際には、戸惑いがあったそうです。それでも彼女が導き出した答えは以下でした。

あのマザー・テレサは看護師ではありません。彼女はスラムでの働きを始める前、病院で短期間の訓練を受け、その間猛勉強をしたそうです。知的ハンディを持った人たちと暮らす「ラルシュ」の創設者であるジャン・バニエもその道の専門家ではありません。更に医師である中村哲氏は、用水路を作って何万というアフガニスタンの人を救いましたが、土木工学は独学でした。これらの優れた信仰者に励まされ、私も現場で実践と共に少しずつ学んでいけばいいのではないか、と考えたのでした。

そして2015年よりルワンダで活動を開始されます。

私事ですが、ルワンダで女性支援をしていると裏切りを感じることもあり、独りよがりになっているのではないか、と葛藤を生じることがあります。また助産師の私はこれからビジネスをして女性支援をしようとしています。そんな不安の中で、彼女の言葉は私をいつも救い励ましてくれています。

 

 

ABOUT ME
Chisato823
千里(Chisato) ルワンダ在住、助産師。 ビジネスで女性支援をするためAfricanDaisyを設立 元青年海外協力隊(27-3/ラオス) バツイチ再婚、遠距離恋愛も経験済み。 アフリカ旅情報やルワンダ女性のこと、書評や日常など書いています。